今西錦司流・人材育成術 とにかく現地に放り込め!03


今西錦司流・人材育成術 とにかく現地に放り込め!01
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今西錦司流・人材育成術 とにかく現地に放り込め!03
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今西錦司流・人材育成術 とにかく現地に放り込め!06


キンさん今日は、1941(昭和16)年に川喜田二郎が、大興安嶺を探検する許可を取りに関東軍と交渉した時の話や




エテさん川喜田さんは当時大学生だったんだよね。そんな交渉なんて出来るものなの?



キンさんもちろん軍との交渉なんて経験あるわけあらへん。そんな学生を送り込むんやから、今西のスパルタっぷりが分かるエピソードやな



エテさんきっと京都にいる今西さんに報告するたびに「お前ら、そのまま引き下がってどうするんじゃい!」って言われてたんだろうな…(遠い目)怖い軍人さん相手に、よく逃げ帰らずに交渉できたね。本当に凄いよ。



キンさん形勢不利でも、自分が出ていくのではなく、必要な駒を指揮するのが今西流や。



クワさん漫画でも登場してる伴豊さんは、川喜田さんや梅棹さんたちと一緒に「ベンゼン核」というグループを結成した一人や。その学生離れした押しとねばりで、大興安嶺探検の交渉でも凄く活躍した人や。後から送り込まれた昆虫学者の可児さんも誠実な人柄で、説得に大いに貢献しはった。

二人とも将来を嘱望されていたけど、その後、戦争に行って死んでしまわはったんや…

エテさんそん な…



キンさん今西らが生きた時代は、戦争と切っても切り離せへん。今西たちが計画した海外登山や遠征、戦争や戦況によって幾度となく中止・延期になってるさかい。



エテさんみんな「もっと探検したい」「もっと学問したい」という気持ちで、一生懸命生きてたんやな



キンさんうん




2022年06月06日 Posted by実はシロクマ派 at 20:26