ポケットコンピュータ PC-1500
今日はあるものを探していました。
探検の殿堂の収蔵資料ですが、とんと見かけない。
私が探しているもの、それは
ポケットコンピュータのPC-1500です。
ご存知の方はいらっしゃるでしょうか。
ポケットコンピュータ、通称ポケコンを。
ポケコンとは、1980年代に使われていた小型コンピュータのことです。
初期のパソコンは超!高級品だったので、それより安価なポケコンが広く使われていたそうです。簡単なゲームを作ったり、複雑な計算を処理するプログラミングを書いたり趣味から仕事まで多様に活用されていたとか。
私はもちろん使ったことも見たこともありませんが
実は、西堀榮三郎さんが熱心なポケコンユーザーだったのです。
そして愛用されていたのが前述したPC-1500!!
ちょっとした理由から西堀さん自身が使っていた
PC-1500を確認したいと思い探してみたのです。
そしたら……

ポケコンと書かれた箱を発見!

パカっと開けてみたら、そこには探してやまなかったポケコンの姿が!
しかもプロッターと合体してあるし、プロッターの芯っぽいものまで揃っている。
あぁ西堀さんありがとう…
と感謝しつつよく見てみたら

これPC-1500ちゃう、PC-1500Aや!!
これは西堀さんの息子さんのポケコンでした


(ちゃんとポケコンに名前が書いてありました)
親子そろってポケコンユーザーやったんですね
もう一つ、ポケコンだけ抜き取られたポケコンボックスを見つけました。
おそらく、西堀さんのPC-1500用の箱だと思われます。
いったい、西堀さんが実際に使ったPC-1500はどこに眠っているのか。
探検の殿堂には膨大な西堀さんに関する資料が収められているので、ここで働き始めて10か月くらいたっていますが、まだまだ未知のものがたくさんあります。これはベテランの助けが必要かもしれません。
引き続き調査を進めます。
探検の殿堂の収蔵資料ですが、とんと見かけない。
私が探しているもの、それは
ポケットコンピュータのPC-1500です。
ご存知の方はいらっしゃるでしょうか。
ポケットコンピュータ、通称ポケコンを。
ポケコンとは、1980年代に使われていた小型コンピュータのことです。
初期のパソコンは超!高級品だったので、それより安価なポケコンが広く使われていたそうです。簡単なゲームを作ったり、複雑な計算を処理するプログラミングを書いたり趣味から仕事まで多様に活用されていたとか。
私はもちろん使ったことも見たこともありませんが
実は、西堀榮三郎さんが熱心なポケコンユーザーだったのです。
そして愛用されていたのが前述したPC-1500!!
ちょっとした理由から西堀さん自身が使っていた
PC-1500を確認したいと思い探してみたのです。
そしたら……
ポケコンと書かれた箱を発見!
パカっと開けてみたら、そこには探してやまなかったポケコンの姿が!
しかもプロッターと合体してあるし、プロッターの芯っぽいものまで揃っている。
あぁ西堀さんありがとう…
と感謝しつつよく見てみたら
これPC-1500ちゃう、PC-1500Aや!!
これは西堀さんの息子さんのポケコンでした



(ちゃんとポケコンに名前が書いてありました)
親子そろってポケコンユーザーやったんですね

もう一つ、ポケコンだけ抜き取られたポケコンボックスを見つけました。
おそらく、西堀さんのPC-1500用の箱だと思われます。
いったい、西堀さんが実際に使ったPC-1500はどこに眠っているのか。
探検の殿堂には膨大な西堀さんに関する資料が収められているので、ここで働き始めて10か月くらいたっていますが、まだまだ未知のものがたくさんあります。これはベテランの助けが必要かもしれません。
引き続き調査を進めます。
追加展示のおしらせ ~ミニ企画展「マンガで分かる!西堀榮三郎ネパール編」~
ミニ企画展「マンガで分かる!西堀榮三郎ネパール編」では、ネパール王室に信頼も厚い西堀さんの知られざる一面を実物資料+マンガでご紹介しています。

2019年1月から、西堀さんのネパール入国を支援したクリシュナさんの著書である『日本』、『日本の成長と発展の軌跡』などの資料を追加展示しています。
こちらの記事でも簡単にご紹介した、クリシュナさん著『WHAT I FOUND in JAPAN』。
残念ながら中身を自由にご覧いただくことはできないのですが、彼が日本でどんなものを見て、何を学んだのかをパネルで改めてご紹介しています。
本に収録されている多数の写真の一部もご覧いただけます。「こんなところまで?」「そんなことまで!」とクリシュナさんの勤勉さに驚く写真ばかりで、どれをパネルに掲載するか選ぶのが大変でした
これらは、ネパールプロジェクト実行委員会の方たちが去年10月にネパールに行かれた際に収集してくださった資料です。そこから新たに分かったクリシュナさんの詳しいプロフィールや、資料を譲ってくださったクリシュナさんのご息女・アムリタさんについてもご紹介しています。

ネパールのマヘンドラ・ビール・ビクラム・シャハ・デーブ皇太子。
『WHAT I FOUND in JAPAN』には、西堀さんとネパール皇太子の手紙も掲載されているので、その紹介のためにご登場していただきました。

ダルマの絵が印象的な『日本の成長と発展の軌跡』。
こちらは複製をご用意いたしましたので、記念室で自由に閲覧していただけます。
戦後初めてネパール入りして、マナスル登頂許可を得た西堀さん。
ネパールの未来のために、日本に留学して広い知識を知見を得たクリシュナさん。
熱い思いはいつか実現のチャンスが来るということ
その思いに応えて支える人たちがいること
そんなことを感じ取れるミニ企画展になっていればと思います
---------------
そして!
明日12日の午前11時から
BS朝日 『子供たちに残したい美しい日本のうたスペシャル』
で西堀さんとその仲間が作曲した雪山讃歌が紹介されます。
ぜひチェックしてみてください♪
2019年1月から、西堀さんのネパール入国を支援したクリシュナさんの著書である『日本』、『日本の成長と発展の軌跡』などの資料を追加展示しています。
こちらの記事でも簡単にご紹介した、クリシュナさん著『WHAT I FOUND in JAPAN』。
残念ながら中身を自由にご覧いただくことはできないのですが、彼が日本でどんなものを見て、何を学んだのかをパネルで改めてご紹介しています。
本に収録されている多数の写真の一部もご覧いただけます。「こんなところまで?」「そんなことまで!」とクリシュナさんの勤勉さに驚く写真ばかりで、どれをパネルに掲載するか選ぶのが大変でした

これらは、ネパールプロジェクト実行委員会の方たちが去年10月にネパールに行かれた際に収集してくださった資料です。そこから新たに分かったクリシュナさんの詳しいプロフィールや、資料を譲ってくださったクリシュナさんのご息女・アムリタさんについてもご紹介しています。

ネパールのマヘンドラ・ビール・ビクラム・シャハ・デーブ皇太子。
『WHAT I FOUND in JAPAN』には、西堀さんとネパール皇太子の手紙も掲載されているので、その紹介のためにご登場していただきました。

ダルマの絵が印象的な『日本の成長と発展の軌跡』。
こちらは複製をご用意いたしましたので、記念室で自由に閲覧していただけます。
戦後初めてネパール入りして、マナスル登頂許可を得た西堀さん。
ネパールの未来のために、日本に留学して広い知識を知見を得たクリシュナさん。
熱い思いはいつか実現のチャンスが来るということ
その思いに応えて支える人たちがいること
そんなことを感じ取れるミニ企画展になっていればと思います

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そして!
明日12日の午前11時から
BS朝日 『子供たちに残したい美しい日本のうたスペシャル』
で西堀さんとその仲間が作曲した雪山讃歌が紹介されます。
ぜひチェックしてみてください♪
今日の昭和基地 〜衛星受信棟東カメラから〜

ここ数日、昭和基地からの映像が届かなかったのですが、今日は無事に映って一安心と思ったら!?
いつもと違うアングルからの映像が見られます。
国立極地研究所のサイトで確認したら、この映像は衛星受信棟東カメラのもののようです。
こうやって別の角度から見ると、本当に色々な建物があることが分かりますね。
あと、カラフルです。
よく見ると手前に4脚が置かれています。なにに使うものなのでしょうか。
いつも見ている建物はどれだろう?と探してみましたが、分かりませんでした。
そして去る12月22日。
第60次南極地域観測隊の堤雅基観測隊長と宮﨑好司しらせ艦長がヘリコプター便で昭和基地へ着陸、25日には南極観測船「しらせ」も昭和基地接岸を果たしたそうです。
これまで59次越冬隊だけだった建物に、今は60次隊の越冬隊と夏隊もいるのだと思うと感慨深いです。
タグ :昭和基地
京滋奈ブロック大会2019
1月6日にロボカップジュニア京滋奈ブロックが開催されました。
ココロボ、ココロボ2の参加者で入賞を果たしたチームがいます!
サッカーのビギナーズ部門ではココロボに参加してくれている
★★★S.Nが見事優勝!!★★★
田中製作所も第3位に!
サッカーのライトウェイト部門では、ココロボ2参加者の
ふじが第3位入賞!!
おめでと~~
詳しい結果は京滋奈ブロック2019の↓ページでもご覧いただけます。
京滋奈ブロック大会2019 お礼と結果
きっと、それぞれの試合ごとにドラマがあったことと思います。
今回の経験を活かして、次はどんな挑戦をしてくれるのか楽しみです。
残念ながら、私は京滋奈ブロックには行けなかったのですが、結果を聞いて驚き&喜び。
年明けから、幸先の良いニュースを運んでくれてありがとう
ココロボ、ココロボ2の参加者で入賞を果たしたチームがいます!
サッカーのビギナーズ部門ではココロボに参加してくれている
★★★S.Nが見事優勝!!★★★
田中製作所も第3位に!
サッカーのライトウェイト部門では、ココロボ2参加者の
ふじが第3位入賞!!
おめでと~~

詳しい結果は京滋奈ブロック2019の↓ページでもご覧いただけます。
京滋奈ブロック大会2019 お礼と結果
きっと、それぞれの試合ごとにドラマがあったことと思います。
今回の経験を活かして、次はどんな挑戦をしてくれるのか楽しみです。
残念ながら、私は京滋奈ブロックには行けなかったのですが、結果を聞いて驚き&喜び。
年明けから、幸先の良いニュースを運んでくれてありがとう

【1月12日】雪山讃歌がテレビ番組で紹介されます
『子供たちに残したい美しい日本のうたスペシャル』というテレビ番組で『雪山讃歌』が取り上げられます。
この番組は、童謡唱歌を紹介する音楽番組で、毎週放送されています。
その歌がうたわれた風景や、その歌が生まれた土地の風景とともにプロ合唱団による歌唱がご覧いただけます。
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【番組】 BS朝日 『子供たちに残したい美しい日本のうたスペシャル』
【放送日】 2019年1月12日(土曜日)
【放送時間】 午前11時より11時55分
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番組でも紹介されるでしょうが、一足先に『雪山讃歌』について簡単にご説明しておきましょう。
雪山讃歌は、大正15年(1926年)に、当時、京都帝国大学の学生だった西堀榮三郎さんと、その仲間たちが作った歌です。東京帝国大学との親善スキー合宿を終えた後、吹雪で遭難してしまった西堀さんたちは、群馬県の紅葉館という温泉旅館に泊まりました。雪に閉じ込められた西堀さんたちが退屈しのぎがてら、アメリカ民謡の『いとしのクレメンタイン(Oh My Darling Clementaine)』のメロディーに合わせて歌詞を作ったのが『雪山讃歌』です。
番組では、その紹介に探検の殿堂が提供した西堀榮三郎さんの写真が使われています。
西堀さんのことは詳しく知らなくても、「雪山讃歌は知ってるわ~!」という来館者の方も多くいらっしゃいます。
ぜひ、ご覧ください。
この番組は、童謡唱歌を紹介する音楽番組で、毎週放送されています。
その歌がうたわれた風景や、その歌が生まれた土地の風景とともにプロ合唱団による歌唱がご覧いただけます。
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【番組】 BS朝日 『子供たちに残したい美しい日本のうたスペシャル』
【放送日】 2019年1月12日(土曜日)
【放送時間】 午前11時より11時55分
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番組でも紹介されるでしょうが、一足先に『雪山讃歌』について簡単にご説明しておきましょう。
雪山讃歌は、大正15年(1926年)に、当時、京都帝国大学の学生だった西堀榮三郎さんと、その仲間たちが作った歌です。東京帝国大学との親善スキー合宿を終えた後、吹雪で遭難してしまった西堀さんたちは、群馬県の紅葉館という温泉旅館に泊まりました。雪に閉じ込められた西堀さんたちが退屈しのぎがてら、アメリカ民謡の『いとしのクレメンタイン(Oh My Darling Clementaine)』のメロディーに合わせて歌詞を作ったのが『雪山讃歌』です。
番組では、その紹介に探検の殿堂が提供した西堀榮三郎さんの写真が使われています。
西堀さんのことは詳しく知らなくても、「雪山讃歌は知ってるわ~!」という来館者の方も多くいらっしゃいます。
ぜひ、ご覧ください。
タグ :雪山賛歌
★2019 謹賀新年★
新しい年を迎えました。
みなさまはどのようなお正月をお迎えでしょうか。
さっそくですが、上の写真が何か分かりますか?
分かった方は、かなりの西堀さん通ですね。
ヒントは前のほうにある歯です。
今でもいる動物(哺乳類)です。
―――――――――――――――

答えは「猪」でした!!実はこの頭骨、若かりし西堀さんが仕留めた猪のものなんです!
その時の写真が上。猪、けっこうデカくないですか…?
格闘の際に、左手の人差し指を負傷したようです。野生生物が走行中の車にぶつかった後、そのまま走って逃げて行ったという話を聞きますし、素手の生身で猪に勝負を挑んで人差し指の負傷だけで済んでいるなんて…

(全然関係ない話ですが、若かりし頃の西堀さんの写真を見て最初に私が思ったのが、「男前やな~」でした。)
今年の干支は亥ですからね、もう新年の記事はこれしかないと思いました。
上の写真は、改装前の西堀榮三郎記念室で展示されていたパネルです。京都大学で講師をしていた西堀さんが、京大山岳部のスキーツアー中に出会った大猪と格闘、そして勝利したことが当時の新聞に取り上げられました。現在の記念室の暖炉横にあるサイドチェストに展示されている猪の頭骨はこの時のもの。
この猪以外にも、西堀さんは山登り中に出会ったカモシカなども仕留めています。鳥獣が禁猟になる前の話ですが、西堀さんはこうして狩った動物の皮から肉、骨まで全部利用して、決して無駄にしない方でもありました。彼の自然との関わり方が良く現われているなと思います。
西堀さんは本当に色々な顔をお持ちなので、いまだに日々が新発見の連続です。
今年はどんな西堀さんに出会えるでしょうか。
昨年は、来館者のみなさま、ココロボサポーターのみなさま、企画展やイベントにご協力いただいた方々など、本当にたくさんの方たちに助けていただきました。ありがとうございます。
今年も西堀榮三郎記念探検の殿堂をよろしくお願いいたします。
タグ :猪